離婚裁判は男のためにある「宗教裁判」?-2

原告である旦那は、自分が都合わるいもんだから、裁判所の呼び出しの時にしか顔を出さないし、回からは、「和解」が決裂したため、こっちから「反訴」を起こすことにしたが、どうなったのかを知りたかったらしく、「金がない」と言い張るくせに、なんと”私服”で裁判所に朝から来やがった!
(つまり、お仕事、お休みしたわけね?ばかやねーと思ったんだろう、うちの弁護士が笑ってたよ。あんたに笑う権利などもないが・・・レベル的にさ)

しかも、その「反訴状」とやらは、3分の2は、反訴の3日前に、朝4時までかけて、被告本人(反訴になってからは原告となる)あたし自身が、ほとんどの文章に手をくわえた。

なんでって・・・なんでか、今度は「原告」である私について、不利になるような事だったり、ある意味、妙な誤解を受けるような内容が書かれていたからで・・・、そのことに疑問をもって相談したら、主治医からも同じ指摘を受けるほどだったから(・・)b。

はっはっは!
主治医が感心しとったが、訂正文を見せたら、「よくまとまってますねー」と言われるほど、我ながらようできたわい。

弁護士が「骨だけでいい」と言うだけあって、まじで「ホネ」しか書いていないせいで、先々つっこみはいったり誤解が生じる、誤解が生じる可能性のある部分を、うまく「肉付け」したのは、「素人」で、しかも、あんたたちがバカにしてる「病人」さ!

へ、ざまあみろっ!
国家資格がなんぼのもんじゃい!
「その弁護士バッジとやら、あたしに譲ってくれよっ」て思うほどだわよ。

しかしながら、「事実」をしゃべれば同情されるわけでもないのが、裁判の非情さ。
これが現実だったのがショックだった。
もう・・・ただただ、「幻滅」の一言・・・。

「正義」など、この世に存在しないとすら思えるほどの発言が、裁判官からさえ得られる。

裁判は、「勝つか負けるか」・・・だったっけか?
いつ、ここは「闘技場」になったんだ?

自分の正義が通用しない理不尽さに、もう生きていることさえうんざりし、帰りには、いつも、裁判所近くの蓮の池へ、飛び込みたくなることがたびたび・・・。
弁護士もアホなら、裁判所も信用できん。

旦那の現在の生活状況から(しかも、これはでたらめの報告であることは一目瞭然で、調査もないのにそれだけで決めつけられる)がないのに、「あなたに慰謝料をどうやって支払うのか?」と・・・そんなことを、「被告」で、しかも4年も別居しているあたしの方に聞いてくるのだ。

こんなあたしが・・・

被告だからか?
病人だからか?

・・・ふざけんじゃねえ!!!

人が必死で出廷して、すべて「事実」を語り、法的処置を求めるべく、本で必死に調べ、できる限り冷静にふるまい・・・薬物過敏のために、主治医が必死でさがしてくれたものの、残念ながら、ほとんど効果のない薬をのんで、「死ぬ思い」で行ってんだよ!

救急車など来ても意味がない。
なにしろ、あたしには・・・入院したところで、「治療法」などないのだから・・・。

強制執行しないのをいいことに、調停の裁決を不履行までしやがって、生活費はまったく入れないのは裁判に不利なもんだから、たった2万の入金???
「ないよりまし」っていうレベルかよ、おい!

しかも、慰謝料・・・たった100万で、「餓死寸前」にまで追い込んだ罪を許せと???

しかし、「金がない」と、その一言で、裁判所にはたりているらしい。
調べろよ!

金がないのは、働けもしないのに・・・情けないが、時に人のお恵みや同情まで受けることもあるが、ただ必死で、一人で生きてる、このあたしの方だ!!!

そして、あたしがまともに発言能力があるとわかったからって・・・今度はそれで「生活力があるから、さっさと離婚して、”働けばいい”じゃないですか」!!?

・・・おい・・・それができるんなら、とっくの昔にわかれとるわいっ!

たった100万で、あんたたちに借金返したら、あたしゃどうなるんよ!
それで生活してこうにも、できるかってーの!

それよりも、今、はらわた煮えくりかえるほどむかつくのは・・・弁護士の「怠慢」ともいえる仕事ぶり。
こいつ・・・仕事だけはたくさんあるらしいが、いったい、なんの役にたってんだよ。

事務のねーちゃんを、毎日こき使ってるが、そっちのねーちゃんbの方が、ずーっと礼儀正しく優秀じゃん!
しかも頭もいいし、機転もきく。

あんたが優秀な弁護士なら、さっさとこんな妙な裁判おわらせるだけの力あんじゃねえの?
はじめはそんな口ぶりで、えらそーなごたくならべやがって・・・。

実際、せっせと動いてんのは・・・何を隠そう、金払って依頼してる方のあたしじゃないのさーっ!!!

死んだら、まずあんたんとこに化けて出てやる!
判決しだいで、あたしは「生きるか死ぬか」が決まるんだ。

「正しいのは、このあたしだ」と、誰もが認める中・・・(どうにかすると、全国各地の人から、弁護の意見すら得ることだってできるんだぞ!)、あほ弁護士と裁判所のおかげで、病気がむしろ悪化していき・・・今では、裁判所と弁護士事務所にむかうことを考えるだけで、寝込んでしまうほど。

旦那だけじゃねえよ。
あんたら、旦那に「荷担」してどーすんだよ!

しかも、今度は、こっちが「原告」にまわったってのに、何が変わったのさ?

なんと、「和解」決裂の当日、へろへろになって医務室で寝ている私を、弁護士が引きずり出し、突然、裁判官の前の席に座らされ・・・「尋問」のごとき会話が、裁判官となされた・・・。

そのとき、あたしは、ひどいショック状態だった。

あたしは、前もって飲んでいた薬のせいで、ろれつがまわらず、いきなりの予想外の展開に過剰なストレスを覚え、頭がぐらぐらしている中、発言する・・・。

追求につぐ追求・・・・。
そして、また言う・・・「ご主人がそれだけの金額を出せると思いますか?」と。

・・・・あたしが知るかいっ、そんなこと!!!
だいたい、なんで、この日は旦那も来たそうなのに、「おとがめなし」なんだよ!

もう、あたしは「被告」じゃねえぞ!

「裁判、早く終わらせないといけませんねえ・・・」
この、最初の”同情的発言”は、いったいどこにぶっとんだんじゃ、ええっ!??
裁判官、あんたをクビにできるもんなら、「嘘つきヤロウ!」と叫んで、あんたを訴えたいわよ!

だいたい、本来、裁判なんてなけりゃ、はらわなくていい大事な生活費からの金を・・・ようも無駄に使ってくれてるわね。

「金がないけど、裁判はおこせる」バカ旦那。

最初っから面食らったことが多すぎて、だんだん、もうアホらしくなった今日このごろ・・・。

そして、思い始めた。

ヨーロッパ中世の「魔女裁判」や、正義を”えさ”にした「宗教裁判」・・・。
有罪だろうが無罪だろうが、「被告は、いずれにせよ、死ぬしかない」という結末。

あたしは・・・ジャンヌ・ダルクのよーな、正義と純潔の乙女ではないが、「正義」と名のつく「悪魔」と今、戦っているのかもしれない・・・。

だいたい、こういう時の「被害者」てーのは、いつの世も、大抵「女」の方だ・・・。
ありもしねえ、ずいぶんとまあ、ご都合のいい因縁つけられてさあ。

「DV防止法」がなんぼのもんじゃい。

しょせん、大半は、男が考えるんだから、ちんぷなもんんだろう、まったく進まないとこみるとさ。
肝心な「精神的・金銭的虐待」は、未だに法律としては成り立っていないので、告訴もできん。
役立たずな法律・・・「暴力」夫にはいい薬だろうが。

あーあ、いっそ「魔女だから」と殺された方が、どんだけ楽か・・・とすら思える。
(”ごーもん”はいやだけどさー。さっさと殺してほしいから「魔女です」って言うさね)

でも、あたしは、かつて、人を他人であろうと助けこそすれ、なんも人様に迷惑なぞかけちゃおらん・・・・。
あのバカ旦那すら、最後の最後まで・・・あたしは、助けようとした。

そして、あたしは・・・過剰なストレスのため、病気を背負ったあげく、「逆恨み」まで受けた。

病気になって、お世話になったのはたしかだが、その世話してくれたのは、何を隠そう”赤の他人”である「友人たち」だ。

最近、「人間が狂ってる」とここ数年思うようになったが・・・その犠牲者に、自分がはまるとは思ってもみなかったし、「それが事実である」ことを知りたくもなかったよ。

こんな中で、「正常に生きろ」という方が無理なのかもしれん。

上にいけばいくほど、アホが多い世の中。

こうして、弱き一般市民は・・・のたれ死にしようと、いっさいが無視されてしまう世の中になるのではとすら懸念するよ。

実際、何度、死にかかったかねえ・・・。
今のあたしは、「生きること」に対する執着もないし、「死ぬこと」だって、全く怖くない。

ただ、「最後の審判」を待つのみの人間だから。

そして、今まで数年かけてあちこちに相談したが、それに対しての、公的機関の答えがこれ。

「そういうあなたを助ける”法律はない”のよ」

・・・・そこで、あたしは、「法に守られるにも値しない人間」なのだ、とさえ思わされた。

「助けて」という言葉すら、役にたたない。

なんのために生きているのすら、もう、すでに意味がわからなくなりそう。

これが、「遺書」にならなければいいがと思う。

今は、ただ・・・必死に、自分がどうやって生きているか、生きたか・・・その「証」を書き綴るものだが。
その体力も精神力も、いつまでもつかすら、検討もつかん。

残念なのは、離婚訴訟が「罰をあたえる」裁判ではないということ。
別に、罰を旦那にやりたいわけじゃないけどさ・・・。

「そんなに殺したいんなら、ころせええええー!!!!」と、あたしは、弁護士と電話で話をしていて、旦那の非情な言葉に怒りをおぼえて叫んだよ。

旦那は「なんで俺が金をださなきゃいけないんだ」と言ったそうだ・・・裁判所で、堂々と。
裁判官は、さすがにあきれたのか、30分ばかし、「説得した」とかいうことだが。

そして、さらに、弁護士に言った。

「もし、離婚訴訟に死刑があるならば、すぐにこの場で殺してください!」・・・て、泣きながらさ。
「そんなに殺したいんなら、殺せと、主人に言ってください!」ともね。

それくらい、自己をつらぬき通す気力もなくなるほどの「あほらしさ」に、もう耐える気力さえもなくなりそうだよ。

これは、まぎれもない「事実」だ。

・・・あたしは、病院の主治医には、こう言ったことがある。

「もう、自分の”居場所”は、どこにもないから・・・たとえ死んでも、誰も困らないでしょう-笑。
一人だし・・・誰も、気づいてくれないでしょうね。 どうなるのかなあ?
私が死んだら、葬式代くらいは出るし、お金は入っても、もう出て行く心配を、誰もしなくていいんでから・・・金銭的には、みんなが困らず、楽でしょう。
家族は、一緒にいることは拒否しても、死んだら、自分たちのしたことは忘れて、私が死んだことで同情の涙や、旦那への逆恨みの涙は流すでしょうけど、私を見捨てた罪は、けして認めないでしょうしね。」

主治医は、この言葉には答えられず、ただ、さびしそうな顔で・・・じっと話を聞いていた。

もう、何もなすすべなく・・・ただ、待つだけだ。

まるで、さらさらと、終わりを告げる時刻を告げるための砂時計の音が聞こえるような気までするよ・・・。

もうすぐ終わる・・・でも、あたしは、どういう「終わり」を迎えるんだろうなあ・・・。

働けない、病気の「厄介者」は、「魔女」にも等しい、そして、たとえ存在して目に見えていても信じてならないし、”いてはならない存在”なのかもしれないというわけかい。

これは・・・誰が悪いんだろう?

離婚は・・・罰でも罪でもないはずのになあ・・・。

あたしは、裁判のたびに・・・毎回、それこそ、法的に「拷問」を受けているような気にさえなる。
法廷で、弁護士に、裁判官に、言葉で追いつめられて、追いつめられて・・・。
ずたずたに傷つけられる・・・。

身体の傷よりも、はるかに重いキズを背負って、これから一人で、またさらに生きるわけなん?
生きられる「希望」があれば別だが・・・。

”なにもない”人間に、ただ「生きろ」とは、かえって残酷な言葉なのかもしれないなあ・・・。

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